伊万里簡易裁判所 事件番号不詳 判決
主文
被告人山下香、同幸松惣一を各罰金五、〇〇〇円に処する右罰金を完納しえないときは、金五〇〇円を一日に換算したる期間当該被告人をそれぞれ労役場に留置する。
被告人等に対し、公職選挙法第二五二条第一項所定の選挙権、被選挙権を停止する期間を二年間に短縮する。
訴訟費用中、証人犬塚保に支給したる分は被告人幸松惣一の、証人中尾武七に支給したる分は被告人山下香の、各単独負担とし、その余の訴訟費用は、全部被告人等の連帯負担とする。
事実
(罪となるべき事実)
被告人山下香は、昭和四二年四月二八日施行の伊万里市議会議員選挙に際し、立候補し、当選したものであり、被告人幸松惣一は右選挙に於ける同候補者の選挙運動者であるが、被告人山下香は自己に投票を得る目的を以て、同幸松惣一は同候補者に投票を得せしむる目的を以て、右被告人等両名は共謀の上、同年四月二六日頃の午后五時頃から六時頃迄の間、いずれも同選挙の選挙人である別紙戸別訪問一覧表掲記の伊万里市東山代町川内野四五五二番地中尾安子外八名方を戸々に訪問し同人等に対し同候補者山下香のための投票を依頼し、もつて戸別訪問を為したものである。
(証拠の標目)(省略)
(法律の適用)
法律によると、被告人等の判示所為は公職選挙法第一三八条第一項第二三九条第三号刑法第六〇条に該当するところ、所定刑中罰金刑を選び罰金等臨時措置法第二条第一項を適用の上その所定罰金額の範囲内に於て被告人山下香、同幸松惣一を各罰金五、〇〇〇円に処し、右罰金を完納しえないときは刑法第一八条により金五〇〇円を一日に換算したる期間当該被告人をそれぞれ労役場に留置し、情状により公職選挙法第二五二条第四項を適用し、被告人等両名に対しては、同法第二五二条第一項の選挙権及び被選挙権を停止する期間をそれぞれ、二年間に短縮するものとし、訴訟費用については刑事訴訟法第一八一条第一項本文を適用し、証人犬塚保に支給した分の訴訟費用は被告人幸松惣一の、証人中尾武七に支給した分の訴訟費用は被告人山下香の、各単独負担とし、その余の訴訟費用は同法第一八二条により被告人両名の連帯負担とする。
被告人等及び弁護人の主張。
本件は、両被告人共、判示昭和四二年四月二六日頃、伊万里市東山代町川内野、神上部落を被告人幸松惣一の案内で被告人山下香の市会議員立候補挨拶と顔見せの為其の日の夕方頃の主として野良仕事帰りや路傍に在る行きずりの選挙民に対する個々面接による選挙運動を意図して、本件公訴事実掲記の選挙人居宅附近を巡廻中偶々あらわれた当該選挙人に路上より声をかけ、山下候補に対する投票を依頼したもので、元来有権者宅を戸別に訪問する意思なく、したがつてそれらの人の屋内又は邸内に這入り投票の依頼をした事実もない。このように街頭で会つた人々に路上に於て又は路上より右依頼する行為は罪とならない。又一種の連呼行為に過ぎないのであつて戸別訪問にあたらないから戸別訪問罪は成立しない。
一、右の主張に対する当裁判所の判断。
元来、公職選挙法第一三八条第一項に所定の戸別訪問は投票を得、又は得しめる目的を以て選挙人方を戸別に訪問することによつて成立するもので、選挙人の居宅を訪う場合は勿論、社会通念上選挙人即ち、有権者なる具体人方と解される場所、即ち具体人方の内庭外庭(畑、私有道路)居宅外の小屋(収納小屋、牛、馬、豚、鶏類の舎、堆肥小屋等)事務所、勤務先、邸宅に通ずる表裏の木戸口附近等に訪問したる場合、更に同様の目的を以て訪問後単に面接した場所が道路上その他の屋外であつた場合をも包含するものと解すべきである。
尤も、被告人等の云うとおり本件は以上選挙人等の屋内に這入り投票を依頼したものとは認められないが、屋内に這入る這入らないは戸別訪問に於ては問題ではない。法律が戸別訪問を禁止した由縁は、戸別訪問を無制限に許せば、一面、買収その他の不正行為の機会を作り、選挙の公正を害し、他面、選挙人の訪問の応接の煩雑による弊害を防止する点に在る等の点に鑑みると、戸内に這入らなくとも有権者の各戸を目当に訪問すれば本罪を構成するものと解すべきである。しかして、判示事実の認定の資料として挙示した証拠によれば、被告人幸松惣一は被告人山下香に対する投票を得せしむる目的を以て、被告人山下香は自己に投票を得る目的を以て、判示日時頃被告人両名は、右神上部落の入口にて出会い、被告人山下は選挙運動中の乗用自動車より下車し、他の運動員三名(運転者も含む)は其場に待機せしめ、被告人山下は従前の服装即ち市会議員候補者山下香と表示したタスキを肩より懸け、ここから両人だけで徒歩にて同道判示一覧表掲記の選挙人方の順路に従い連続して両被告人は、(1)中尾安子方に於ては同人方椽側で洗濯物を処理していた同人に対し、椽側より約一四、五米(幸松被告人の位置)乃至、一六、五米(山下被告人の位置)の近距離の道路上より「山下におねがいします」と呼びかけた上、(2)幸松スミ方に於ては同人方玄関前西方約五、三米位の庭内に居た同人にに対し、八、一米(幸松被告人の位置)乃至九、三米(山下被告人の位置)の近距離の市道上より「おねがいします」と呼びかけた上(3)幸松セイ方に於ては同人方居宅続きの東北隅に在る牛小屋前で小屋内の牛に飼料をやっている同人に対し、その北方四、五米(幸松被告人の位置)乃至五、三米(山下被告人の位置)の近距離の部落道路上より「おねがいします」と呼びかけた上、(4)一番ケ瀬ミツノ方に於ては同人が同人の子供を介し、被告人幸松の訪問を知り同人方玄関前外庭より通路「玄関一四米に進出したとき、被告人幸松はその前方三、六米同家屋えの道路に這入つた接近した地点に在りて被告人山下はその後方七、二米の近距離の市道路上より右ミツノに対し「おねがいします」と呼びかけた上、(5)川久保タケ方に於ては同人方玄関前七、七米位の外庭に於て薪を整理していた同人に対し、その前方四、九米(幸松被告人の位置)乃至六、六米(山下被告人の位置)に接近した同庭内に這入り「おねがいします」と呼びかけた上、(6)幸松チマ方に於ては偶々同人が同人宅の玄関前庭の畑に栽培しある野菜豆を採取の為玄関先七、八米の前庭に出た同人に対し、同人方の通路の表木戸口に相当する部落道路の近距離より「今日は、山下におねがいします」と呼びかけた上、(7)中倉信子方に於ては同人が戸外の人声を聞き玄関に出て来た同人に対し、玄関前九、五米(幸松被告人の位置)乃至一一、七米(山下被告人の位置)の近距離の道路上から「今日は、よろしくおねがいします」と呼びかけた上、(8)平川善七方に於ては、屋内に居た同人が屋外からの呼声を耳にして玄関横の椽障子をあけて縁側にあらはれた同人に対し、同椽側より四、六米の近距離に在る同人方の木戸口通路に進出した幸松被告人と山下被告人は同椽側より七、五米の近距離に在るその通路の下側の右木戸口前路上よりそれぞれ、「山下におねがいします」と呼びかけた上、(9)出雲ミエ方に於ては、同人が屋内で炊事中用便の為同人方玄関横の便所前庭に出た同人に対し、同家玄関より九、九米(幸松被告人の位置)乃至一〇三米(山下被告人の位置)の近距離に在る同人方の木戸口に面した部落道路上から「山下におねがいします」と呼びかけた上、それぞれ被訪問者等に面接して被告人山下香に対する投票を依頼し選挙人方をつぎつぎと戸別に訪問したことが認められ、叙上認定の如く右被訪問者等は自動的に両被告人等に面接の機会を与えたものでなく、屋内又は邸内に在る被訪問者等は両被告人等に積極的に呼びかけられ全く他動的に対応したものと認むることができる、しかも右の訪問に際してはその間、被告人等は表裏一体常に同一行動に出であきらかに戸別訪問をしたことを認められるから被告人等の所為は共に公職選挙法第一三八条第一項の戸別訪問にあたることは多言を要しないところであり、被告人等及び弁護人の主張は採用しない。
別紙
戸別訪問一覧表
<省略>